ロサンゼルス拠点の音楽家Blone Nobleは、2020年代以降のダークウェーブ/ポストパンク系アーティストの中でも、特異な存在感を放つ人物である。アーティスト本人の本名はPat Salway。Cold Caveのライブ・サポートメンバーとしても一時期シンセを担当し、2022年の大型フェス"Cruel World"にてキーボードを演奏していたことからも、現行の西海岸ゴシック/シンセ・シーンの一角を担っていることがわかる。
Blone Noble名義での活動は2021年頃から本格化し、2023年にデビュー・シングル"Weapon of Love"をリリース。彼はそれを"doomsday disco(終末ディスコ)"と形容した。ギターを排し、シンセ、ピアノ、リズムマシンを中心に構成されるその音楽は、80年代ニューウェーブの影響を受けつつも、Fad GadgetやSparksのような風刺性、Lou ReedやBowie的な語り口、そしてジョン・フォックスやHeaven 17の硬質で洗練されたサウンドデザインを思わせる。演劇的なボーカルと冷たい音像は、現代的なポストパンクの地続きにありつつ、どこか"今っぽいけれんみ"が漂っている。
加えて注目すべきは、音楽だけにとどまらないマルチメディア的な活動である。2025年に発表された初のフルアルバム『Life's New Adventure』では、小説『Festum Stultorum』を並行して発表。アルバムと連動する形で制作されたこの作品は、超現実的でオカルト的な自己変容の物語となっており、ヴィジュアルやスクラップブック形式のアートワークと共に、一つの総合芸術として提示されている。実際、彼の自宅スタジオはかつて神智学協会の図書館であり、その霊性は彼の歌詞世界や演出にも強く反映されている。
映像表現にも強いこだわりを持ち、MVでは70年代のRCA製カメラやVHS質感を駆使した映像を展開。"Leaders of the World"や"Doctrine"のビデオは、冷戦時代的な監視社会を風刺する映像詩であり、アナログ機材を用いたライブ編集によって"現代の感覚過多"に抗する試みを打ち出している。彼自身がビデオ編集も手がけるなど、DIY精神とアートディレクションの両立も特徴的だ。
見た目にはNick Caveを想起させる中性的かつダンディなスタイルをまといながらも、音楽的にはNick Caveからの直接的影響は明言されておらず、むしろBowieやScott Walkerといった"演じる歌手"の系譜に連なるように思える。そのパフォーマンスはカリスマ的というよりも、どこか覚めた、しかし抗いがたい磁力を持つ"現代のフラヌール(遊歩者)"として描かれている。
Blone Nobleは、単なるレトロ・リヴァイヴァルではない。彼が担っているのは、Cold CaveやDrab Majesty以降のロサンゼルス拠点ダークウェーブ/インダストリアルの"第3波"ともいえる潮流だ。西海岸シーンは今、ポストインターネット以降の感性とアナログ機材の質感を融合させた、新たな退廃美の表現地として成熟しつつある。Blone Nobleの存在は、その動向を象徴する最前線に位置しているといえるだろう。
デジタル監視社会、情報の過多、霊性と自己変容、都市の孤独——それらすべてを音と映像、言葉で描き出すBlone Nobleの作品群は、まさに"音楽による現代詩"であり、聴くという行為をもう一度"見る"ことへと接続させる。
Bandcamp:
https://blonenoble.bandcamp.com/
Instagram:https://www.instagram.com/blone_noble/